『悲しみと真珠』
ある夜、だれかが悲しみを捨てました。
抱えきれなくなった悲しみを海に解き放ちました。
それは海とは混ざることなく
雪のようにゆっくりと沈んでゆき、
海の底で貝に宿りました。
人の悲しみを宿した貝が真珠を持つことができるのです。
真珠となった悲しみは
やがて元のところへ戻り、
首元に悲しみの数だけ並びます。
綺麗なものを手にする人間のよろこびと、
悲しみの沈んだ海の深さと、
その差の分だけいっそうと真珠は強く輝くのです。
悲しんだ分だけ人が美しくなるのは
つまりこういう理由なのです。
そして、私たちの悲しみを抱いた貝は
甘くやさしい味わいとなります。
母なる海では貝たちが
今日も悲しみを慰めています。